真実の探求Ⅲ 〜そして伝説へ〜

密教行、活元瞑想行などしながら書く日記

展示された仏像

ここ数年で、何回か上野の博物館での仏像の展示を観ている。

先日行った報恩寺の展示の時以外はプライベートでは無かったためゆっくりじっくりは観てないけど、一つ感じていることがある。



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博物館の展示会で観る仏像に、悪質な低級霊が入ってたのを見たことがない、ということである。



寺院の堂内に安置されてるものには悪霊が入り込んでるのもどうも少なくない印象なのだけど、その割に博物館では今のところ一切見てない。

たまたま入ってないのを博物館で観てたのかもしれないが、
どうもそういうことでも無さそうである。



どうも、展示で運び出されるような時には抜け出ているようである。
堂内でまた帰ってくるのを待ってるのかもしれない。

悪霊の巣窟になってるような堂内は波動もノイズだらけで酷く、不気味である。
たぶんそこの居心地が良くて外へは行かないのだろう。




数年前、これもプライベートではなかったけど京都の東寺に行って、覚えてるのは立体曼荼羅の堂内、仏像がひどい様だったのがうっすら記憶にある。

来年春頃に上野でこの東寺のが展示されるようなので、また機会があったらプライベートで行ってみようかと思ってます。



東寺と言えば真言宗の総本山であるし、建立された時の目的、霊的意味合いは相当なものがあったんじゃないかと推測するのだが(たしか昭和か明治かのいつ頃かまでは一般人は入れない寺院だった)、
今ではただの観光地で、人の落とした穢れだらけで、霊的意味合いもおそらくは皆無と思う。

なんとなく、今の仏教界の荒み方がそういうところに表れているかのように思えてしまう。



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寺の霊的環境が良いか悪いかに、有名かどうか由緒があるかどうかといったことはほとんど関係ないように思う。
由緒ある寺でも、正しく仏法(ここでは霊的な術や奥義など)が受け継がれ伝えられてるのはほとんど無いという話は聞いている。

その点、神社の神職の方が受け継がれてるものがあるのかなという気がする。

伊勢神宮はじめ(行ってないけど)、圧倒的に寺よりも霊的環境が良いとこが多くあるように思う。


(因みに画像の金剛力士像は凄いエネルギーで、なにか中に奥義が詰め込まれてるのかもと思える)



お寺に安置されてると酷くて手も合わせられないような仏さまだったら、博物館で拝めばいいかもしれない。



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